次は,松尾芭蕉についての文章です。
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松尾芭蕉について

 正保元(1644)年 芭蕉は伊賀上野に生まれました。
本名を宗房,別号を桃青といいます。
 23歳。主君,藤堂良忠の病死に遭いました。
それから,主家を出奔し,京都に上ったのでした。
 29歳になった芭蕉は正月『貝おほひ』を伊賀上野の菅原社に奉納し,
いよいよ江戸に上ります。
 32歳。談林派と交わり百韻興行に加わりました。
 37歳。深川の芭蕉庵に入りました。
 39歳。甲州へ向かいます。この時号を,芭蕉と言います。
 40歳。再び江戸へ帰りました。『虚栗』を刊行します。
  41歳。『野ざらし紀行』の旅に出ます。
『冬の日』を刊行します。
 43歳。『春の日』を刊行します。
 44歳。8月鹿島に月見に行きます。これが『鹿島紀行』の旅です。
そして,『笈の小文』の旅に出ます。
 45歳。8月『更級紀行』の旅に出ます。
 46歳の3月。いよいよ『奥の細道』の旅です。
旅後,伊賀・奈良・落柿舎を回りました。
『曠野』刊行。
 47歳4月。幻住庵に入り,『幻住庵記』を書きます。
『ひさご』を刊行します。
 48歳。大津に滞在後,4月嵯峨の落柿舎へ行きます。
『嵯峨日記』成りました。『猿蓑』刊行。
「さび」「しをり」の理念が樹立されます。10月江戸に戻ります。
 51歳。『炭俵』刊行。『続猿蓑』を編集します。
5月西国に出発します。大坂で病に倒れました。
10月12日没します。
遺言によって,近江の粟津義仲寺に葬られました。




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