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沙石集
児の飴食ひたる事
ある山寺の坊主、慳貪なりけるが、飴を治してただ一人食ひけり。
よくしたためて、棚に置き置きしけるを、一人ありける小児に食はせずして、
「これは、人の食ひつれば死ぬる物ぞ。」
と言ひけるを、
この児、「あはれ、食はばや、食はばや。」と思ひけるに、
坊主他行の隙に、棚より取り下ろしけるほどに、
打ちこぼして、小袖にも髪にも付けたりけり。
日ごろ欲しと思ひければ、二、三坏よくよく食ひて、
坊主が秘蔵の水瓶を、雨垂りの石に打ち当てて、打ち割りておきつ。
坊主帰りたりければ、この児さめほろと泣く。
「何事に泣くぞ。」
と問へば、
「大事の御水瓶を、誤ちに打ち割りて候ふ時に、
いかなるご勘当 かあらんずらんと、口惜しくおぼえて、
命生きてもよしなしと思ひて、人の食へば死ぬと仰せられ候ふ物を、
一坏食へども死なず、二、三坏まで食べて候へども大方死なず。
はては小袖に付け、髪に付けてはべれども、いまだ死に候はず。」
とぞ言ひける。
飴は食はれて、水瓶は割られぬ。慳貪の坊主得るところなし。
児の知恵ゆゆしくこそ。学問の器量も、むげにはあらじかし。
(巻八)
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