生物学的な性はXX(女性)、XY(男性)という染色体の決まりますが脳による性別意識は必ずしも染色体では決まらないことがわかってきました。ただ生物学上の性は変化しません。
「性同一性障害」は、生物学的には完全に正常であり、自分の体がどちらの性に属しているかはっきり認知していながら、その反面で人格的には自分が別の性に属していると確信している状態。(性転換症) 女性(男性)の体をもちちながら、心は男性(女性)であるなど精神と肉体の不一致に苦しむ人のことです。原因は完全には解明されていませんが、心理、社会的要因とともに生物学的要因として胎児期の受胎8週目男子には睾丸が形成され男性ホルモン・アンドロゲンを大量に分泌するホルモンシャワーがおき、血流を通じて脳に流れ男性脳を形成されます。この胎児期に何らかの原因で身体の発達とホルモンのバランスが崩れるたり、幼児期に受けたホルモンの影響などによることなどがが指摘されています。同性愛とは異なる。欧米では数万人に1人程度にこの障害がある、などの報告があり、欧米、アジアの国々では「障害」としての治療が定着しています。
埼玉医科大学ジェンダークリニック委員会には300人以上の同じ障害に悩む人たちが登録しています。今後は受け皿機関がほかにも必要となり性の問題を積極的に扱う精神科医が増えることが望まれます。
☆ 男から女へと性を”越境”した作家の蔦森 樹(つたもり たつる)さん
69年に東京都内の医師が3人の男性の性転換手術をして、正当な理由なく生殖を不能にする手術をしたとして、優生保護法(現母体保護法)違反の罪で起訴され、東京地裁で有罪判決を受けています。
87年に米国で手術を受けた虎井さんは、子供のころから自分の「女性の体」に違和感を抱いてきた。男性の体になった今は「昔とは比べようのない幸せ」といいます。男性として生活するため、戸籍の性別変更を裁判所に申し立てたが、途中で取り下げました。アルバイト先から正社員になるように勧められたが、戸籍上の性が分かるので勤めをやめたほどです。
性の違和感の抱き方や求める姿・生き方は非常に多様になっています。さらに、性的指向や水商売関係の職業など一部分だけが拡大されてきたことが誤解や偏見の土壌を作ってきました。
30代前半のAさん(埼玉県)は「自分のなかの男性的な暴力性や性欲に強い嫌悪感を感じ、別の自分に気付いた」と話します。男性として会社に就職したのですが、徐々に女性の服装や化粧をするようになり、男性ホルモンの注射を始めていきました。仕事も同僚との付き合いも良好でしたが、会社の幹部に「男として雇ったのにその格好は困る」と迫られ、昨年退職しました。「私は今の姿が自然。手術を受けようとは思わない」
30歳代の”中原圭一”さんは3姉弟の次女。物心ついたときから、女性の体であることが「借り物」のような違和感を覚え、幼稚園のプールに裸で入ったときに自分に男性器がついていないのかと違和感を感じた。中学生のころ、同級生の男子が声変わりするのにいつまでも高い声のままでいるのに絶えられず、金串を曲げて声帯を傷つけたりした。胸が大きくなってきてからは、乳腺をペンチでつぶそうともした。中学や高校の制服のスカートが苦痛で17歳の時から手術を望んでいたそうです。高校卒業後、女性として働いた時期もありましたが、スカートや化粧を強制されそうになって辞め男性と偽って職を見つけても戸籍謄本などを提出されそうになると辞めました。「周囲の偏見から逃れるため、ばれたら大変だと思うと、生きた心地がしない」最近は女性ホルモンの注射を始めひげが濃くなり、声も低くなり女性とみとられることは少なくなりましたが「体と心が合わないだけだから、病気と診断されることや特殊な人間とみられることに抵抗がある。男装趣味とも同性愛とも違う。社会の理解がほしい」将来は女性と結婚したい、と思っているそうです。
手術に際し、『手術をお願いしてから6年3ヶ月。長いようであっという間でした。先生方を信じ、日本でも手術が受けられる日が必ずくると頑張ってきました。感無量というのが正直な感想です。やっと本当の自分の体を取り戻すことができるのだという実感をかみしめています』
中部地方の医療機関で働いている30歳代の男性。自分が肉体的な性に違和感を感じる性同一性障害だと初めて自覚したのは1996年7月。埼玉医大倫理委員会がまとめた「性転換手術は正当な医療行為」との見解を知ったことがきっかけだった「それまで漠然と自分の性に違和感を感じていたが、性同一性障害という言葉が自分の状態にぴったりだったのでびっくりした」という。
子供のころ、キャッチボールよりも人形遊びが好きだった。丸刈りを強制される公立中が嫌で、私立中に進学した。高校卒業後に自分の体への違和感が強まり、髪を伸ばして、性別がはっきりしない服装をするようになった。社会人を経て進学した大学には、スカートをはいて通学した。「周囲からは変態といわれ、自分でも罪悪感を感じ悩んでいた。職場でいじめを受けたこともある」と振り返る。
しかし、埼玉医大倫理委員会の答申で、自分が何者であるかが分かった。性同一性障害を社会的に認知してもらおうという支援グループの活動を知り、積極的に運動に参加するようになった。手術へ向けて治療を受ける一方、97年、性同一性障害を理由に、戸籍記載の名前を女性名に変更するよう家裁に申し立て、昨年3月認められた。
「社会的な理解も少しずつ進んでいるようです。手術が終われば、国内では性転換手術が完了した第1号になる。そうなれば今度は戸籍上の性別の変更を申し立てたい」と希望を語っている。さらに、男性が望む戸籍の性別変更について「以前に女性から男性への性別変更を求めた例では、最高裁で(1)性同一性障害を理由に性別を変更できる社会環境にない(2)本人が完全な男性としての肉体を有していない、と認められなかった。今回は2点ともクリアしたので、変更を拒む理由がなくなる」と、手術がもたらす効果に期待を寄せた。
手術後には手記を発表し、「戸籍の性別変更が実現し、社会的に完全に一人の女性として受け入れられた時、初めてすべての治療が完了すると思う」との心情を吐露した。
**01年**
5月24日
性同一性障害で転換の戸籍の性別訂正求め申し立て
**
自分の性に強い違和感を抱く「性同一性障害」で、埼玉医大総合医療センター(埼玉県川越市)などで性転換手術を受けた6人が、手術後の性に戸籍を訂正するよう東京家裁など関東地方と東北の計4家裁に申し立てた。1998年に国内で正式な性転換手術が行われて以来、こうした申し立ては初めて。
申し立てたのは同大で女性から男性への転換手術を受けた4人と、米国とシンガポールで手術を受けた男女各1人。
性転換手術者6人、戸籍の性別訂正を申し立て
性同一性障害の治療として性転換手術を受けた人たち6人が24日までに、4つの家裁に対し、戸籍の性別訂正の許可を求める申し立てをした。国内でも治療のための公式の手術が98年から始まり、6人のうち4人は埼玉医科大学で手術を受けた。国内で性転換手術を受けた人が性別訂正の許可を求めるのは初めて。
申し立てたのは関東、東北地方に住む20代後半から40代前半の人たちで、女性から男性への手術を受けた5人と、男性から女性への手術を受けた1人。2人は海外で手術を受けた。「戸籍上の性別欄が身体、生活上の性と違うため、就職などで苦労し、結婚もできない」と訴えている。
24日に記者会見した申立人の1人の虎井まさ衛さん(37)は「健康保険証には女性と記載されているため、病院にも行きづらい。パスポートにも女性と記載され、海外でも困る」と話した。
国内の公式な性転換手術は埼玉医大で7例、岡山大で1例。会見に同席した大島俊之神戸学院大教授によると、性同一性障害を理由に改名が認められるケースは増えたが、性転換手術者の性別訂正が認められたのは80年に1例だけだという。大島教授は「訂正を認めないと手術を受けたことがたびたび明らかになり、プライバシー権も侵害される」と話している。(21:45)
2001年5月24日(木) 20時15分
<性同一性障害>戸籍の性別訂正を求め家裁に申し立て(毎日新聞)
生まれついた性に違和感をもち「性同一性障害」の治療として性転換手術を受けた関東、東北地方の6人が、戸籍の性別表記の訂正を東京家裁など4家裁に申し立て、呼びかけ人が24日に東京都内で会見した。日本精神神経学会のガイドラインに沿って、3年前に国内で正式に始まった性転換手術の経験者が、戸籍の訂正を求めるのは初めて。
申し立てたのは20〜40代の人たちで、5人が女から男へ、1人が男から女への変更を求めている。6人中4人が埼玉医科大で、2人は米国とシンガポールで手術した。
一斉申し立ての呼びかけ人で、12年前に米国で女性から男性への転換手術を受けた虎井まさ衛さん(37)は会見で、「戸籍が変わらないと保険証やパスポートも変わらない。婦人科にかかるのが嫌で病気を悪くすることもあり、結婚したくてもできない」と訴えた。4家裁のうち東京家裁以外の申し立て先は明らかにしなかった。
性同一性障害の法律問題に詳しい大島俊之神戸学院大教授によると、国内ではこれまで公表された範囲で10件の司法判断が示されたが、認められたのは80年の1件にとどまる。東京高裁は昨年2月、「性転換手術に社会的なコンセンサスがない」として同様の申し立てを却下する一方、戸籍訂正は「立法にゆだねられるべきだ」と指摘していた。
大島教授によると先進国のほとんどは性同一性障害による法的な性の変更が可能で、スウェーデンやイタリア、ドイツは特別法で対応、フランスやスペインは裁判所が判決で出生証書の性別表記の訂正を認めている。
【山本紀子】
[毎日新聞5月24日] ( 2001-05-24-19:46 )
5月24日
性同一性障害で転換の戸籍の性別訂正求め申し立てた虎井さん
**
2
性同一性障害で性転換手術を受け、東京家裁に戸籍の訂正を申し立てた著述業虎井まさ衛さん(37)が24日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、「保険証を見せるのが嫌で、病院に行かないこともある」などと訂正の必要性を訴えた。
虎井さんは「10年前、首にしこりができたが、(性別欄に女性と記載された)保険証を見せるのが嫌で医者に掛からなかった。米国ではパスポートから性同一性障害と分かり、性差別主義者から命を狙われる可能性もある」と話し、「個人の尊厳、幸福追求権はもちろん、それ以前に生きるか死ぬかの問題」と強調した。
虎井さんは1989年、米国で手術を受けた。「2歳半か3歳ごろは『育っていくうちに男の体になる』と思い込んでいた。9歳の時に芸能人が性転換したニュースを見て、手術を決意した」と話した。
4月2日
オランダで同性カップル4組が結婚式
**
【ブリュッセル1日森忠彦】ゲイやレズビアンなどの同性愛者が多いオランダで1日、同性愛者の正式な結婚制度が始まった。同性愛の結婚を普通のカップルとの差別なく認めた国は世界で初めて。早速、4組のカップルが記念の結婚式を挙げた。
欧州は同性愛者が多い地域だが、オランダでは1996年に同性愛への差別が法律で禁止され、98年にはゲイ、レズの人たちにも結婚に準じた「パートナー制度」を開始した。1日に施行された改正法で養子が可能となり、子供への親権なども発生。一般の夫婦と変わらない条件で結婚し、家庭生活が営めるようになった。
1日午前0時にはアムステルダム市役所に関係者が集まり、これまで同せい状態だった男性3組、女性1組の計4カップルが待望の結婚式を挙げた。昨年の国会採決時、司法相だったコーへン・アムステルダム市長が「神父役」を務め、「永遠の愛を誓いますか?」と問いかけた。
アムステルダムは、市民の10%が潜在的な同性愛者と言われる「ゲイの都」。市内にあるゲイバーやカフェも深夜までお祝いムードに包まれた。
[毎日新聞4月2日]
**00年**
11月11日
男女の夫婦と同等に同性愛者権利を独が法案可決
**
同性愛者のカップルが住んでいる自治体の戸籍役場で「夫婦登録」することを認めるほか、配偶者手当てや健康保険を受ける権利を男女の夫婦と同様に認めることになる法的権利の関連法案を連立与党の社会民主党と90年連合・緑の党の賛成多数で可決しました。 ドイブラーグメリン法相(社民党)は、「法改正でホモセクシャルへの偏見や差別をなくすことができる」と話しました。
これに対し保守系最大野党のキリスト教民主・社会同盟は「同性愛者のカップルに通常の夫婦と同等の権利を認めれば家族の形態の原則が崩れてしまう」と主張しています。
6月19日
自治体初、性同一性障害者を人権救済対象に
**
東京都は、自分の性に強い違和感を抱く「性同一性障害」の対象者を自治体で初めて人権救済の対象に入れました。救済のための具体策を盛り込んだのも初めてということです。ほかにも犯罪被害者とその家族、路上生活者などの人権施策を推進するための指針の骨子をまとめ、都は今後、都民から意見を募り、秋をめどに指針を作成するとしています。
骨子では、都は、人権救済に向け都民や民間企業、民間非営利団体(NPO)と連携を図り適切に役割を分担すると規定。救済対象に、障害者や外国人、エイズウイルス(HIV)感染者のほか、新たに性同一性障害者らを加えたものです。
|